優 し い 手   


さしのべられた手を(2)

気楽に聞いてしまえばいい、という悠里の言葉のとおり、簡単に聞けるだろうと思っていたのに、意外とその機会がなかった。幾ら何でもない内容とはいえ、奈津美と二人になった時に話したかったが、二人になる時間がないままに1日が過ぎた。
その翌日は金曜日だった。今日聞けなかったらもう諦めようと思っていたら、昼休みにもう一人のテニス部の友達が委員会に呼ばれて、奈津美と二人になった。
机の上には奈津美が作って来たクッキーが広げられていた。彼女はバレンタインに向けての試作品作りから、すっかりお菓子作りにはまってしまったようで、イベント終了した後もこうして昼食後のデザートが提供されていた。
「よく作る時間あるねえ。部活あったんでしょ?」
唯菜は四角いクッキーを摘んだ。茶色と白の市松模様とマーブルの二種類がある。
「うん?火曜日に生地作ってたのを、切って焼いただけだから。」
「え、火曜日?」
「そ、これはアイスボックスクッキーって言って、棒みたいにしたのを冷蔵庫で冷やして固くしてから、こう、輪切りにするの。」
何でもない事を話しているのに、唯菜は少し緊張していた。
「まあ、それでさ、火曜の夜に作ったんだけど、全部焼き切れなくてさ。そのまま冷蔵庫に置いといたのよ。昨日それを焼いたの。いけるでしょ?」
「うん、おいしい。そっか、水曜日に食べたのと一緒なんだ。」
一昨日は同じ茶色と白の渦巻きクッキーだったのを思い出した。
「そうそう。これでおしまいだから、美咲は食べれずじまいだね。」
美咲の名前が出てきたことにドキッとしたことを顔に出さないように、唯菜は半分残っていたクッキーを口に放り込んだ。
「インフルエンザ治ったら、快気祝いに何か作ってあげれば?」
「そうだなあ。美咲いつ来るかな。」
「今朝のメールでまだ熱があるって言ってたから、やっぱり1週間くらい休むんじゃない?藤山君も今週来なかったし。」
どんな風に、美咲の恋愛関係に話を持っていけるだろうか、唯菜は考えを巡らせていた。美咲の心配をする会話の裏で、こんな策略めいたことに頭を働かせていることに微かな罪悪感があったが、今はそれにも目をつむる。
「そういや、藤山にチョコレートあげようと思ってた子ってみんなどうしたんだろね。インフルエンザだと家まで押しかけるわけにもいかないだろうし。」
休み明けにチョコ責めになったりして、と笑っている奈津美に相づちを打ちながら、唯菜はこれだ、と思った。
「バレンタイン、美咲は何もしなかったよね。」
さりげなく問いかけながら、奈津美の表情を注視する。奈津美は一瞬視線を天井に巡らせてから、首を傾げた。
「そういや義理だけ、かな。話聞かないね。」
「美咲って前の彼氏と別れてから結構なるよね。誰かいないのかなあ。」
唯菜は言いながら、同じような話を美咲も交えて3人でした記憶を蘇えらせていた。あの時は、気になる人が身近にいるんじゃないかという唯菜の鎌を掛けるような問いかけにも、美咲はいないと答えた。でも、あの時、唯菜には彼女がほんの一瞬しまったという顔をしていたように思えて、彼女は俊介を好きなのだと確信した。
「さあ、どうだろ。前聞いたときはいなさそうだったよね。いないんじゃない?あ、それか空手部の後輩とか?」
奈津美はさして興味もなさそうに、あの子なんてったっけ、1年の・・・と眉をしかめて思い出しそうとしていたが、残り二つになったクッキーに視線を落とすと、その内の一つを唯菜の顔の前に差し出した。
「はい、あーん。」
無意識に開けた口に、市松模様のクッキーが入ってくる。
「これで最後。」
唯菜はむしゃむしゃと咀嚼しながら、ありがと、とお礼を言った。口の中にサクサクしたバターの香ばしさが広がった。
奈津美の態度に何かを隠しているような、おかしなところはなかった。もう少し突っ込んで話をした方がいいのだろうか、と舌に残るココアのほろ苦い風味を感じながら考える。
例えば美咲のインフルエンザは誰からうつされたか、とか・・・?
でも、これ以上聞いても意味がないような気がしてきた。奈津美も美咲の本心を聞いていない。そして何かあると疑ってる様子もない。
そもそも、唯菜があると疑っている美咲の本心なんて、元からないのだろうか。
「ねえ、ゆい?」
「え?」
奈津美に覗き込まれて唯菜は目を見開いた。自分の考えに没頭していたことに気付いて唯菜は慌てて笑みを作った。しかし、目の前の奈津美はじっと唯菜の顔を見詰めて、硬い表情だった。
「なに・・・?」
今自分の考えている疑心が彼女に伝わってしまったのか、と唯菜は思わず奈津美から遠ざかるように背を正した。食堂から帰ってきたらしく、中川が教室に入ってきた。いつもの4人組も、藤山と俊介が休んでいて、2人のはずだが、中川の声はよく通るので、存在感は変わらない。唯菜の顔を見ていた奈津美も、彼の方を見て、しかしすぐに顔を戻した。
「あのね、中村のこと。」
心臓がはねる。俊介の話。それは美咲に繋がる話?
「なんで別れたの?」
「え・・・。」
打ち明け話ではなく問いかけだったことに、気が削がれたが、すぐには言葉が出ない。
別れた原因。奈津美達には明かしていない理由を聞こうとしているのだろうか、と思うと、また嫌な予感がする。
「お互い気持ちが冷めたって言ってたけど、それって本当?」
奈津美の言った『理由』は、言い逃れるために唯菜が用意した適当な『理由』。今まで誰にも真偽を確かめられたことはなかった。でも、奈津美はそれに疑問を抱いている。
本当の理由。自分が隠していること。
やっぱり、奈津美も俊介と美咲の間に何かあることを気付いているのだろうか。
目の前にある、全く笑いの要素のない奈津美の表情。唯菜は知りたいと思いながらはっきりしなかった真実に近付いていることに不安を感じて、声が出なかった。
「あーごめん。いや、いいんだ、それは。うん。」
急に奈津美が声を上げた。身を強ばらせていた唯菜は、奈津美が一人で喋り出したことにぽかんとしていた。
「2人のことだしね、卓也にも立ち入るなって言われてたし。」
突然出てきた奈津美の彼氏の名前に唯菜は思考が付いていかない。美咲のことではないのだろうか。
俊介と奈津美の彼氏である近藤卓也は小学生の時からの仲だと聞いている。実際中学の時もよく一緒にいて、今でも仲がいい。もしかしたら彼氏経由で奈津美は何か聞いているのだろうか。
美咲のことを?
どうしよう、聞くべき?
聞いてしまっていいの?
唯菜の頭の中で疑問と不安が錯綜する。
「たぶん、ゆいは知らないと思うんだけど。」
どきんとする。自分の知らないこと。
「口止めされてたんだけど、やっぱりこれは言いたいっていうか、知っててほしいっていうか。」
何だろう。聞くのは怖かった。はっきりさせたいと思っていたけど、実際、目の前に突きつけられると、逃げ腰になってしまう。戸惑う唯菜の前で、奈津美は逡巡するようにしばらく視線を落としていたが、あのさ、と顔を上げた。
「中3の時にさ、ゆいが福永さんとケンカしちゃったときあったでしょ?」
中3、福永さん、という想像もしなかった単語に、唯菜の頭はますます混乱した。
福永・・・福永って、えっと、ゆうちゃん・・・?
「あの時、ゆい、休み時間の度に部室棟に行ってたことあったよね。」
次第に、奈津美の話が2年前のことを話しているのだということが分かって、唯菜は頷いた。
どうも、美咲のことではないようだ、と分かってくると、唯菜の緊張は軽減されたが、奈津美は相変わらず真剣だった。
何の話なんだろうと怪訝に思いながら、唯菜は、悠里達とは一緒に居られなくなって、休み時間の度に教室から逃げていた記憶を蘇らせた。行く当てもないまま、人気のない部室棟へ逃げ込んでいた。部室の鍵は顧問により管理され、放課後以外に出入りすることが禁止されていたから、唯菜は部室に入ることもできずに、ぼんやりと部室棟の壁にもたれて時間を潰していた。しかしその逃避は長くは続かなかった。別のクラスだった奈津美がたまたま部室棟に通りかかって、唯菜を奈津美のクラスへと呼んでくれたのだ。
「私がゆいに、うちのクラスに来ればって言って、それからはうちのクラスに来るようになったじゃない?」
伏せていた視線を上げた奈津美と目が合って、唯菜は頷いた。それは記憶どおりのことだった。悠里と仲直りしたことで、あの頃の記憶は前ほどタブーではなくなっていたが、それでも思い出すのは気持ちのいいことではなかった。奈津美も唯菜の感情を察しているのか、またぎこちなく視線を落とした。
「あれね、私が部室棟に行ったのって、たまたまじゃなくてさ・・・。」
奈津美は言葉を切って、唯菜を見た。
「中村が言ったの。ゆいが福永さんとケンカして教室に居辛くなって、休み時間の度に部室棟に行ってるって。」
唯菜は息を詰めた。
奈津美はもう視線を逸らさなかった。
「自分が行っても意味がないから、私に行ってくれって。」
「・・うそ・・。」
身の置き場をなくしていた自分。毎日登校するのが辛くて、でも母の手前、休むこともできず、せめて休み時間だけでも教室から離れたい、と逃げていた自分。それを救ってくれたのは奈津美だった。
なのに、それを導いてくれたのは俊介だった?
驚いている唯菜を見ながら、やっぱり知らなかったんだね、と奈津美は溜息を吐いた。
「中村は俺が頼んだことは絶対に言うなって。」
急に脳内が飽和状態になってしまい呆然としている唯菜に、奈津美は話を続けた。
「私も中学のことなんて、こないだまで忘れてたんだけどね。最近、ゆいと福永さんが会ってるって、また中村が心配してたから、そう言えばそんなこともあったなあって思い出してさ。」
隠された持ち物を取り返してくれたのも俊介で、一人で逃げていた唯菜に気付いたのも俊介。当時は全く知らなかった事実がすとんと唯菜の中に落ちてくる。
そうだったんだ。
話をしている奈津美の声が遠くで響いていた。
「中村っていいヤツじゃん、って改めて思ってたのに、急に別れたなんて言い出したからびっくりしたんだよ・・・ってゆい?」
泣いてるの?と目を見開いた奈津美の声で、唯菜はすっと現実に戻ってきた。騒がしい教室。教壇の近くで話している中川達の笑い声が聞こえる。
唯菜は首を振った。
「やだ、いける?」
慌てる奈津美の顔がぼやけている。
「うん、平気。ごめんね。」
唯菜は手の甲で頬を拭いながら言った。彼女にこれ以上心配をかけたくなかったが、止めようとしても止められない涙が溢れてくる。奈津美は自分の言葉で唯菜が泣いてしまったと、おろおろしていた。そうじゃない、奈津美のせいで泣いてる訳じゃない、と言いたかった。
「教えてくれて、ありがと。」
「あ、うん。」
止まらない涙の中で必死に笑い顔を作ってどうにか感謝の気持ちを伝える。奈津美に伝えた感謝の気持ち。それよりももっと大きな感謝を、俊介に伝えたい。
唯菜は奈津美にもう一度、ありがとう、と言った。奈津美は唯菜の言葉にも生返事をするばかりで戸惑っているようだった。もう新たな涙は出ていない。唯菜は、机の脇にかけてあった鞄を手に取ると立ち上がった。
「ごめん、奈津美、私ちょっと行くね。」
ぽかんと見上げている奈津美に告げる。まだ涙声だと思いつつ、唯菜はするりと机の隙を抜けて廊下へと飛び出した。
俊介に会いたい。
お礼を言わなきゃ。全部、全部。

トントン、とノックの音がしてドアが開いた。
「悠里ちゃんが来てくれたわよ。」
唯菜がベッドに起きあがると、制服姿の悠里が部屋に入ってきた。
「ゆい、調子どう?」
「うん、ありがとう・・。」
唯菜の母が、悠里に飲み物は紅茶でいいか、と尋ねた。
「あ、すぐ帰りますから。」
「あら、そんなこと言わずに、持ってきてくれたケーキ、唯菜と一緒に食べて行ってちょうだい。」
遠慮する悠里に、母はにっこりと笑った。先にメールをもらって悠里が部屋に来ることを伝えたときとは、母の態度が随分違うと唯菜は呆れていた。なぜ別の学校の悠里が、唯菜の早退を知っているのかと訝しがられ、唯菜はたまたま放課後会う約束をしていた、と嘘を付いたのだが、それを聞いて母は納得するどころか、渋い顔をしていた。たぶん悠里とはあまり遊ぶなと言われたことを唯菜が無視しているのが、気にくわなかったのだろう。
「唯菜はどうする?ケーキいただく?」
「ううん、私は・・・」
「あ、ゆい、あっさりめのプリンも買ってきたからそれなら食べられるんじゃない?」
いらない、と言いかけた唯菜を遮って悠里が嬉しそうに言った。
「あ、じゃあそれ。もらう。」
じゃあ二人とも紅茶にするわね、と朗らかなまま母が出て行く。母の機嫌がよいのは、悠里と一緒に悠里の母親も来ているからだろう。
二人になると、悠里はへへ、とそれまでとは違う気安い笑いを浮かべた。
「お母さん連れてきたの正解でしょ?」
「うん、だけどおばさん、お店空けてもいいの?」
「平気よ。今日は叔母さんがいてくれるから。」
唯菜はそっか、と呟いてから、立ったままの悠里に勉強机の椅子に座るように勧めた。それから、数分後に母がカップなどの乗ったお盆を持って来た。
勉強机にそのまま置いてもらって、二人は母が出て行くのを待ってから、話を始めた。
「ごめんね、ゆうちゃん、食べにくくて。」
「平気よ。ゆいの方こそベッドじゃ食べにくいわね。」
唯菜は首を振って、悠里の気遣いにお礼を言った。昼休みに学校を飛び出した唯菜は、奈津美が機転を利かせてくれたお陰で、体調不良で早退したことになっていた。日ごろ真面目な唯菜が突然早退したことを、担任は特に疑わなかったようだったが、突然帰ってきた唯菜に驚く母には、頭痛がすると嘘を付くことになった。そのせいで、ベッドから出るわけにはいかない。
「で、何があったの?あんな時間にメールなんて。」
唯菜が悠里にメールをしたのはたぶん彼女の高校でも午後の授業が始まった後だった。
昼休み、奈津美から俊介の話を聞いて、どうしても彼に会いたいと衝動的に学校を飛び出した唯菜だったが、バス停に着く頃には、高揚した気持ちが次第に落ち着いていた。
俊介の家に行くことしか頭になくて、無意識に足はバス停へと向かっていたが、よく考えてみれば俊介はインフルエンザにかかっているのだ。休み始めてから二日目。
同じ日に休み始めた美咲も、高熱は治まったがまだ熱はあると朝にメールが来ていた。俊介もまだ熱が下がっていない可能性は高く、しかも感染性の病気なのだから、お見舞いに行ったとしても、相手にいらぬ気を遣わせそうだ。うつってもいい、と唯菜が思っていても、俊介や、俊介の家族はそうは思わないだろう。迷惑でしかない。
唯菜はバス停の標識に隠れるようにして立ち尽くした。朝からの晴天は、冬らしく随分高いところに薄い青空が広がっている。
自分の中にあったさっきまでの熱意が嘘のように冷めてしまい、唯菜は考えなしに動いた自分を情けなく思った。
俊介の家に行けるわけなどないし、それに、お礼だなんて。
もう2年が経とうとしている過去のこと、今更としか思えない。そんな昔の話をいきなり持ち出しても彼を困らせるだけだ。過去の苦境を救ってくれたのは、俊介だったと知って胸が締め付けられた。今でもその事実を噛みしめるだけで息が苦しくなってくる。彼が自分を見守ってくれていた、そう思うだけでじっとしていられないような歓喜と切なさが体を貫く。
でもそれは、過去のこと。
初めてその事実を知った自分にとっては現在のことだが、俊介にとっては、随分昔のことなのだ。自分と彼の間にある温度差に思い至って、唯菜は力が抜けていくのを感じた。
今すぐ彼に会いたいと思った自分は、なんて軽はずみで愚かだったのだろう。

「そんなことないって。」
悠里は唯菜の話が終わると、きっぱりと言い切った。
「話するべきだよ。インフルエンザの間は仕方ないけどさ。・・・やっぱり、中村はゆいのこと好きなんだって。」
「え、どうして?」
「じゃなきゃ、佐野さんがそんな中学の時の話する訳ないじゃん。」
そうなのだろうか。唯菜は首を傾げながら、奈津美の話をもう一度思い返した。
「俊介が口止めしてたみたい。だから言わなかったんだよ。」
「口止め?」
怪訝な顔をした悠里に問われて、唯菜は頷いた。なんで口止め、と悠里は呟いてから、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ口止めされてるのに、なんでばらしたの?やっぱり佐野さんも見てられなかったんだよ。中村もゆいもお互い好き合ってるのにくっつかないのがどうしてって感じなんだって。だからつい中学の時のこと言っちゃったんだよ!」
唯菜は視線を落とした。渡されたままになっているプリンもスプーンも握りしめているだけで、全く手を付けていなかった。勉強机の上にある悠里のケーキもお盆の上に置かれたままだ。
「ゆうちゃん、ケーキ、食べてよ。」
唯菜が視線で勉強机の方を指すと、悠里はふうっとわざとらしく溜息を吐いた。
「まあ、ケーキはもらうけどさ。私の話聞いてる?」
「聞いてる。」
唯菜は小さく答えた。悠里はケーキの載ったお皿を手に持って、いただきます、と言ってからスプーンを取ると、唯菜にもプリンを食べるように勧めてきた。
「これ、おいしいよ。」
しばらく二人で黙々と自分の物を食べていたが、悠里がムースを掬ったスプーンを差し出してきた。唯菜は素直に口を開けた。濃い赤紫のそれは見た目通りの濃厚な甘酸っぱさを舌の上に残してすうっと溶けた。
「おいしい。」
悠里がでしょ、と笑った。それから、悠里の母が悠里を呼びに来るまで、二人は俊介に関する話をしなかった。
「ゆうちゃん、今日はありがと。」
唯菜は悠里を見送るために、ベッドから降り立った。ドアの前に立っていた悠里はドアノブに伸ばした手を止めると振り返った。
「あのさ、やっぱ中村と一回話した方がいいと思う。」
きっとずっと考えていたのだろう。悠里は、きっぱりと言い切ると、ふっと笑って唯菜の肩をぽんと叩いた。
「ゆいは部屋でいなよ。おばさんにまた怒られるよ。」
じゃあね、と部屋を出て行った後ろ姿に、唯菜は辛うじてゆうちゃん、と呼びかけただけだった。置かれた手の温かさだけがほんのりと残った。

<2011.3.9>