DRUNKER
飲んだら乗るな、乗るなら飲むな

原付でバイト先からタツの部屋へ向かう。空はもうすっかり暮れて、昼間の陽気は全く残っていない。 ハンドルを握る手がかじかんできた。そろそろ手袋が必要な季節なんだ。
なんか持って行った方がいいんだろうか?でもミックスナッツだしな。缶とはいえ、しかもパチンコ景品だし。
悩んだ結果、通りすがりのリカーショップで缶ビールを2本だけ買った。重さ的にも、値段的にも手頃なものだ。ビールの入った袋をシートの下に納めて、国道に戻る。
タツにはバイト先を出たときに今から向かうとメールで知らせてあった。
やっぱり別のものにすれば良かったかな?
ビールを持って行く、イコールこれから飲もう、と強要させてしまわないだろうか。
ううん、考えすぎ。
何にも考える必要はないんだ。大好きなミックスナッツをくれるというから、お礼にビールを持ってちょっと立ち寄るだけ。
私はメットの中で大きく息を吐いた。

「らっしゃい。」
やけに陽気にドアが開けられた。アパートの通路で漂ってきた香ばしい匂いが更に強くなった。
このいい匂いはタツの部屋からだったのか。
「ま、あがれよ。」
タツはすぐに中に戻っていった。
「えっ・・・」
ビールの入った袋を手に、玄関で立ち尽くした。キッチンの方からフライパンで何か炒めてるような音がした。冷蔵庫のドアが開閉する音がして、ジャッとフライパンの焼ける音と、ソースの強烈な匂いが流れてきた。
タツがひょいと顔を出した。
「そんなとこで何してんの?」
「えっいや・・」
「焼きそば作ったから食ってけよ。」
「え、いいの?」
「おまえ、飯まだだろ?」
「うん、まあ。」
このソースの匂いにお腹が鳴る程度には空いている。
「もしかしてなんか用事あった?」
ちょっとタツの表情が曇ったのを見て、私は遠慮するのはやめた。
「ううん、ないよ。」
「んじゃ、あがって。」
また陽気な雰囲気に戻ったタツにビニール袋を突き出した。中を確認するとタツは更にご機嫌になった。
焼きそばは想像以上に具だくさんでおいしかった。
「なんか、豪勢だね。」
できたて熱々の焼きそばをはふはふ言いながらビール片手に食べていく。持ってきたビールは泡立っている可能性があるからと冷蔵庫で冷やされていて、今はタツの冷蔵庫にあった最後の1本のビールを二人で分けて飲んでいた。
「パチンコ勝ったからちょっと金持ちなのよ。」
「あ、なるほど!うーん、イカも柔らかーい。」
「シーフードミックスじゃないからな。」
二人ともあんまり喋らずにかなりの勢いで焼きそばを食べ尽くしてしまった。
ご馳走になったお礼にと洗い物をかってでた。といっても、お皿とフライパンくらいであっという間に終わってしまう。薄汚れた台ふきを洗って部屋に戻ると、テレビを見ていたタツが振り向いた。
「わりいけど、ビール取ってきて。」
亭主関白かよと突っ込もうかと思ったが、おとなしく冷蔵庫を開いた。ビールをタツの前に置いて、帰ろうとする私をタツは呼び止めた。
「お前、ミックスナッツいらねえの?」
「あっそうでした。」
いつも間にか用意された大きな箱がドンと机の上に置かれた。
「箱入り?!」
思わず拍手してしまう。いつもディスカウントショップで私が買っているものとは大きさが違う。箱とはいっても、缶の外観と同じ絵柄がプリントされてるだけの紙製のものなんだけど。そこに赤字で「ハニーピーナッツ入り!」と書かれている。
タツが丁寧な手つきで缶を箱から取り出した。
「めっちゃ嬉しそうだな。」
「んー思ったより高級そうだもん。」
タツはふふんと鼻で笑って何も言わずに立ち上がると素早くキッチンから洗ったばかりのグラスを二つ持ってきた。あれと思う間もなく再びビールが注がれたグラスを持たされていた。
「カンパイ!」
思わず合わせてしまうこの口。グラスを合わせるとごくごくっとビールを飲んだ。
呼び止めたのはタツ、私は帰ろうとしたんだけど。なんて誰に聞かせるわけでもない言い訳を心の中で呟く。
タツはずっと機嫌がいい。人の集まった場では盛り上げ役のタツは、二人になると、たまに黙り込むことがあったが、今夜はそれもない。別に黙られても、私は気にならないんだけど。
いや、違うか、気にはなるけど、放っておくしかできない、わたしここにいるんだけどと辛くなる。何も言えない自分が歯がゆくなる。でもそれだけ。

「どれがハニーピーナッツ?」
蓋を開けた缶を覗き込みながらタツが聞いてきた。
私は座った姿勢をそのままで手を伸ばして缶の中の一粒を摘んで目の高さに掲げた。タツが口を開く。 あーん、のつもりか?
素早く放り込む。必要以上に躊躇ったら絶対妙な雰囲気になってしまう。
もぐもぐと咀嚼しているタツの厚めの唇。
「不思議な味だな。」
「おいしいでしょ?この甘さとこっちの塩辛さを交互に食べてると、やめれなくなっちゃうのよ。」
「んーおれはこっちの塩いバタピーと柿のタネの組み合わせの方がよいわ。」
「あ、それもいいね。」
「なにおまえ、つまみなら何でもいいんだろう?」
言いながらまたタツはキッチンに入って、冷蔵庫を開けた。
ビールの缶と柿ピーの袋とお皿が机上に並べられた。お皿に缶の中身が少しと柿ピーが出されて、空いたグラスにビールが注がれる。
さっきは人使い荒かったのに、今度はえらくマメだ。
テレビに目を向けているタツ。
「もうビール終わったわ。」
私のグラスに最後の1滴まで注いでタツは立ち上がった。
もう飲み物もなくなったし、ナッツを持って自分の部屋に帰らなきゃ。
缶に蓋をしていると、タツが戻ってきた。手に半透明の液体が入った新しいグラスを持っている。
「なに、お前帰るつもり?」
「うん、ビールもなくなったし。」
「原付で来てるんだろ?飲酒で捕まるぞ。」
じゃあ何で飲ますのよ、と言いそうになってやめる。突き詰めるようなことを口にしてはいけない。
「飲みもんならあるし。」
タツは手に持ったグラスの一つを私にすすめる。
「なにこれ。」
「まあ飲んでみて。」
にやにやしてるタツを不審に思いながらグラスに口を付ける。ジュース?さっぱりしてほのかに甘くて、でも後味にアルコールが残る。カクテルとチューハイの間みたいな。
「おいしい!えー、何これ。」
「レモンスカッシュとホワイトキュラソーと焼酎合わせてみました。結構いけるだろ?こないだ島田の飲んでたカクテルに近づけたんだけど。」
騒ぐ私に気を良くしたタツが得意そうに説明する。
「ちなみにホワイトキュラソーはパチンコの景品。」
ふむふむと納得しながらごくごく飲む。ロングカクテルくらいの薄さで飲みやすい。好みの味だ。
「・・ってアルコール飲んでたら帰れないじゃない。」
はっと我に返る。
可笑しそうに私の顔を見て、何でもないことのようにタツが言った。
「泊まってけよ、明日昼からだろ?」
「えー泊まるの?」
「前も泊まっただろ?今日は特別にベッド貸してやるから。」
いや、前は私一人じゃなかったし。男も女も他にいたし。夏場だったからざこ寝でいけたし。
成り行きでタツの隣に眠ることにはなったけど。
でも二人きりではなかった。私は慌てているのに、タツはしれっとしている。
あーそっか、友達だから何もないってことなのか。
少しどきどきしていたのが一気にさめた。
私一人が勝手にありもしないことを先走って、不安がって。アホらしい。
でも、男の方にその気がなくっても、女の子の方が襲うって事だってあるんだよ、タツ!!
知らないからね!
心の中で思いっきり啖呵をきってみた。