アルコールが頭にきたかもしれません 今夜のタツはよく働くなあ。 私は少し思考がまとまらなくなってきた頭で思った。タツのオリジナルドリンクが途切れることなく出てきたり、新たなつまみを出してくれたり。タツの部屋とは言え私はさっきから座りっぱなしだった。 口当たりがいいから薄いと思って、タツの作ってくれたお酒をかなり飲んでしまったような気がする。時計の12を指した針が白く霞んで見える。 あーコンタクトがやばい。視界全体が白く濁っている。瞬きを何回も繰り返してみてもそうそう簡単にはクリアになってくれなかった。 「ドライアイ?」 いつの間にか戻ったタツが手渡してくれたグラスを無意識に掴んだ。 「んーコンタクトがやばい。」 「ソフトだろ?俺もソフトだから、容器とか貸したるよ。」 「でも外しちゃうとメガネないから見えないし。」 「じゃあ寝る直前に外せば?そのまま寝たら明日まずいぞ。」 タツは全く酔っていないかのようにシッカリして見える。アルコール入ったら、世話をするのはどちらかというと私の方なのに。 手にしたグラスの中身を飲む。 「これ、お茶じゃない!」 「そうだよ、結構飲んだだろ?もうやめといた方がいいよ。」 タツの言うとおりだと自覚はあるんだけど、それを自分以外の人間に指摘されるとなんだか素直には受け取れない。タツが親ガモ、私が子ガモみたいな位置関係には慣れていない。 むっつりしたまま、テレビを見ていたが、アルコールのせいか、目を開けているのが辛くなってきた。 タツはというと、さっきからごそごそとクローゼットで何か探している。 「あった。」 放り投げられたそれは携帯用のコンタクト入れだった。 「それ使って。」 「ありがと。」 もうくだらない意地を張るのはやめた。タツってやっぱりいいやつ。立ち上がると、一瞬ふらっとした。 だいぶ前にトイレに行ってからずっと立っていなかった。予想外に足に来てるのかも。 気を引き締めて洗面所に向かう。ユニットバスだから、トイレも浴槽も洗面台も全部一つ。 トイレを済ませてから、洗面台の前に立った。 鏡に映る顔。気持ち程度しかしないメイクはバイトと飲みでほぼ取れてしまっていた。脂ぎってる分、すっぴんの方がましかも。 顔洗っちゃおうかな。男性用の洗顔料を手に取る。使ったことはないけど、いけるかな。化粧水なしだとやばいだろうか。このまま寝てしまうのと、洗顔してそのまま寝るのと、どっちがよくないんだろう。 そういや私ったらタツのこと襲ってやるとか思ってたんだっけ? 襲うのは無理でも色っぽく迫るくらいはできないかな。うーん。でも私の方が酔っちゃってるし。 タツはなんか冷静だし。 あー酔っ払ったフリってのもありか?ありかなーどうなんだろう。すっぴんで迫るのって威力なし? そうだ、顔、どうしよう?洗おうかやめとこうか。 思考が拡散している。やっぱり酔ってるなあ。それともねむいだけ? いいや、洗っちゃえ! 髪を束ねることもなく、豪快に洗う。男性洗顔料だもん、こういう感じで洗わなきゃ。 洗顔料は私が家で使っているのとそんなに変わりなかった。 やっぱり気持ちいい。鏡の中の濡れた自分ににんまり笑っていると磨りガラスの扉がノックされた。 「おい、いけるか?あけていい?」 「いいよ。」 鏡の中の心配そうなタツにへらへらっと笑ってみせる。 「大丈夫だよー。顔洗ってたの。今からコンタクト取るから。」 「まだ取ってなかったのかよ。」 遠ざかっていく声。 やっぱり迫るとかタツには無理だなー。 もういいや、タツの思惑通り、いつも通りの二人でも。 コンタクトを取ると、目の乾きはなくなったが、物の形が二重になってぼやけた。 自分ちなら平気だけど、人の家では少し不安もある。 洗面所と廊下の間にある高さ10pほどの敷居をまたぐ。 あっ電気消さなきゃ。 スイッチがあると思われるところに手を伸ばす。指先が凹凸を捉えて、それをパチンと押すと洗面所が暗くなった。ガラス戸を閉める。 そんな当たり前の行動をするのに、やたらと時間がかかった。 見えないから慎重に・・・。 振り返ると目の前にタツが立っていて、ぶつかりそうになった。 「うわ、びっくりした。」 「目つきワル!」 裸眼だとつい目を細めてしまう。こうすると幾分ぼやけた視界が鮮明になるから。 「見えないんだもん。両目とも0.02だよ。」 「そんなに悪いのかよ。」 タツが私の背中に手を回して部屋の方へ押した。その手の温かさにどきんとする。 「タツも悪いんでしょ?」 「0.3はある。俺の顔見えてる?」 「正直ぼやけてるわ。」 至近距離で顔を向かい合わせているこの状況に冷静さを保つのが難しくなってくる。タツの顔は相変わらずぼんやりしてるけど、さすがに近いからタツの目線が私の目を見ているのが何となく分かる。 「こんな近いのに?」 タツは更に顔を寄せてくる。 「これでも?」 「近すぎ!」 もうとてもじゃないけど冷静じゃいられなくて、顔を背ける。 突然背けた顔にタツの手が添えられてまた、正面を向かされる。あっと思うまもなく唇が合わせられる。 うわうわうわ! 反射的にタツの体を押そうとするが、それよりも早くタツの両腕が私の背中を捕まえる。 焦って開いた唇からタツの舌が差し込まれる。 私の目は開いたまま。タツの睫毛が見える。近すぎてぼんやりと。 睫毛が動いて瞼が開かれる。ものすごい距離で目があったのが分かった。 タツの顔が離れる。私の唇は解放されて、声が漏れる。 「タツ・・・」 タツは何もいわずに私の頭を両手で固定すると、再びキスをしてきた。今度は最初から舌が絡められる。 もう目は閉じた。今の状況に頭はついていってないが、何も考えないでも私の舌はタツの舌と絡んでいる。 タツの手が私の背中をまさぐり始めた。触れられるところが熱を帯びていく。 もう何でもいいか。 別に拒否する必要もないし。 てゆうか、知らない間にタツに迫ってたんだろうか、私ってば。 やるじゃん。ってそれはおかしいか。 まあいいや、何でも。 私はタツの体を腕で引き寄せた。 目が覚めて隣を見るとタツの寝顔があった。すぐに昨夜のことを思い出して、布団の中の体がパンツしか着てないことを確認する。タツも上半身は裸だった。 時計を見ようにもコンタクトをしていない目では無理だ。壁際に置かれたベッドの壁側に寝ていた私が、タツを起こさずにベッドから降りるのは至難の業だった。 服はソファーの背もたれにしわにならないようにかけられていた。私が寝た後で、タツがしてくれたんだろう。それを想像すると恥ずかしくなる。昨日のことは思い出さないように、素早く服を着て、コンタクトを付けた。 とは言え、いくらシャットアウトしても私の全身を撫で上げたタツの手の感触が不意に蘇って、顔が熱くなる。 キスの後も行為の最中も、タツは私の名前を呼ぶ以外、何も言わなかった。 だから私も意味のある言葉を出さずにすんだ。 コンタクトなしでタツの顔がよく見えなかったのは残念だったけど、それでよかったのかもしれない。 成り行きで体を重ねてしまって、タツは後悔しているだろう。まあ今はまだ寝てるからなんにも考えてないだろうけど、目が覚めて、そこに私がいたら、きっとしまったって思うにちがいない。 そんな風に思われたくはなかった。できれば、今までと変わらず気さくなおつきあいを続けたかった。そのためには今夜のことはなかったこととして、お互い忘れてしまうのが一番だ。 ならば女の私が吹っ切らなければ。 でも、でも今はまだタツと顔を合わせられる自信がない。 タツの気持ちを客観的に考えることはできそうにないし、私の気持ちを隠し通せる保証がなかった。 お礼も言わずに帰ってしまうのは気がかりだったけど、帰ってすぐにメールを送ればいいだろう。 玄関のチェストに置かれた鍵を持って外に出る。ドアの鍵をかけて新聞受けから鍵を入れた。ジャランといろんな鍵が落下した音がした。 部屋の外は明るかった。今日もいい天気になりそうだ。冷え込んだ空気に体がブルッと震えた。 自転車置き場に突っ込んでおいた原付は同じ状態で私を待っていた。メットに頭を入れようとしていたとき、今出てきたアパートからドアが開いてバタバタと走る騒がしい音が聞こえてきた。 「島田!」 私を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げると、タツがすごい勢いで走ってきた。 タツは大きく息を弾ませながら、私の腕を掴んだ。 「なに、帰ってんの?」 笑っていない目。怒ったような悩ましそうな顔。 羽織ってきただけのチェックのシャツはボタンも閉められていなくて肌がかなり見えている。 「タツ、ボタン閉めなきゃ寒いよ。」 「閉めても寒い!」 タツは私の腕を掴んだまま、来た道を戻る。 「なに?」 引きずられそうになるが、少し抵抗してみた。 「ミックスナッツ忘れてる。」 もう落ち着いた声になったタツに、私は何も言えずにそのまま、引きずられていった。 有無を言わさず、メットを持ったまま部屋に連れられてきた。 タツはもう普段のタツに戻っていて、キッチンで朝食の用意をしている。 手伝おうかと思ったが、近くに寄るのが不安で、そのままソファーの端に座っていた。 何か言った方がいいのかな? 昨日の事は気にしないで、とか。 でもそれを敢えて言葉にしてしまうのは逆に気にしろと言っているようなものだろう。 「目玉焼き半熟でいい?」 キッチンから問われる。 「うん。」 大きな声で答えながら、そちらに寄っていく。 「なんか手伝おうか?」 今更ながら聞いてみると、包丁を持ったままタツが振り向いた。 「ちょっとこっち来て。」 顎で呼ばれる。 「隣に立ちってこっち向いて。」 何かなと思いながらも言われるままにタツの傍に立った。 ちゅっ! 唇にキスされた。 「な・・・」 タツはニヤニヤしている。その笑いはしてやったりと悪戯が成功した時に見せる顔だった。 なんか、なんか、嬉しいんだけど腹の立つ。 トマトをスライスして、包丁を置くとタツは私の方に向いた。 「島田。」 名前を呼ばれて返事をする間もなく、顔を支えられ、またキスされた。 <2008.10.28>
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