つまみはミックスナッツで 「私、ミックスナッツってめちゃくちゃ好き。」 小ぶりな白い器に盛られたナッツを摘みながら力説していた。 「大きい缶があるでしょ?あれをね、2晩で食べ尽くせるな。」 「それちょっとやばいぞ。」 そう言いながらも自分の前に置かれた突き出しの器を私の方に寄せてくれた。 「くれるの?」 「よく言うよ、目が訴えてますが・・・。」 「へへ、ありがと。あっ代わりに何か頼む?」 メニューを取ろうとした私を手で制して、 「もう食べ物はいらね。代わりにそれ味見さして。」 私の手の中にあるグラスを目で示す。 「どうぞどうぞ。」 タツは恭しく献上されたそれを手にするとほんのちょっと口に流し込んだ。一気飲みされるかと思ったが意外と控えめな量で安心する。 「なにこれ、結構きついのな。」 「XYZだよ。」 「お前こんなの飲んで大丈夫なの?」 とか言いながらごくごくっと勢いよくグラスを傾けた。 おいおい、半分減ったぞ。 「タツこそそんなに飲んでいけるの?」 「いやー意外にあっさりしてて飲みやすいな。カクテルって甘ったるいだけかと思ってたよ。」 私の気遣いはスルーされている。まあ酔っ払っても他の人達と一緒に転がしておくだけだから、いいんだけどね。 今は二人で話してるけど、このバーは経済部の3つのゼミで貸し切り状態で、店の中央にある二つの大きなテーブルはこんなバーにはちょっと不似合いな騒ぎになっていた。 みんなかなり酔っ払ってて話を合わせるのが大変だ。居酒屋、カラオケ、そしてこのバーに来る頃、周りに比べて私達ふたりは平静そのものだったから、自然と二人で端に並べられた小さなテーブルに向かい合って座ることになった。 返ってきたグラスに口を付けると、もう底に少しばかりしか残らなかった。 今度は自分のためにメニューを広げる。 「もう頼むのかよ?ペース早くね?」 「さっきのはタツが半分以上飲んじゃったもん。あー何にしようかなー。」 タツのグラスはまだ半分残っているから大丈夫かな。 ちょっとメニューに目を通してから、近くに寄ってきた店員を呼んだ。 「サイドカーお願いします。」 シェイカーからカクテルグラスに注がれる白っぽい液体。 「どうぞ。」 店員に差し出されたグラスの脚の部分を持って一口飲む。XYZより若干甘ったるい。でも後味は悪くない。 「それも飲ましてくれ。」 「いいよ。」 もしかして私の頼んだの全部味見するつもりか? 今度も初めは控えめに舐めている。 「さっきのと味似てね?」 「ベースが違うだけで、入っている材料はほぼ一緒なのよ。」 「へえ。」 「レモンとホワイトキュラソーにラム入れるとさっきのXYGになって、ラムの代わりにブランデーだとこれになるの。」 「詳しいのな。」 「まあね。っておい、また半分飲んじゃってるじゃん!」 「けちくさいこと言うなよ、どうせワリカンなんだから。」 急いでグラスを奪う。 「ミックスナッツの缶、パチンコの景品であるんだよな。」 タツが自分のグラスに手を伸ばしながら言う。急に話が変わって面食らう。密かに酔ってんのか?まさかね。 そんな風には見えない目の前の顔を見つめる。 「こんど勝ったら取って来たろうか?」 「えっほんと?嬉しい!あんま自分じゃ買わないんだよね。」 「あれってそんな高いか?お前ってそんなに貧乏なのかよ。」 「そうじゃなくて、買い出したら歯止め効かなくなるもん。セーブしてるの。 ミックスナッツはカロリー高いし、肌にも悪いんですよお兄さん。」 「そうなん。じゃ止めた方がいい?」 「いえ、もらえるのなら頂きます。」 「商談成立、ということでこれもらい!」 タツが笑って、私の手元にあったグラスを奪い返すと、ショートカクテルを飲むにはふさわしくない豪快さで残りを全て飲んでしまった。 そして空になったグラスを私に差し出した。それを受け取るときに指がタツの指に少しだけ触れて、その熱に一瞬真っ白になる。 タツと向かい合うのは久しぶり。ずっと避けてたから。 今夜はお酒が入ってるし、まあいっか、て思った。 周りは正体を失いつつあるとはいえツレ周りがわんさかいるから、私も暴走することはない。 グラスを渡すときに微かに指が触れたこと、同じグラスに唇を付けたこと、そしてそれをタツが嫌がっていないこと。 どうしても期待してしまう。 いやいや、タツは誰にでもそうだよ。 誰に対してもフレンドリーでフランク。それは嫌と言うほど分かっている。 私の物だったサイドカーはタツの胃の中。私がメニューを取って眺め始めると、会話が途切れてタツも黙ったままだった。 私はちらっとタツの方を窺う。タツはまたあの顔をして、何か考えている。 寂しいんだか悔しいんだかよく分からない、でもいつもとは違うその表情。私は見ない振りをする。 だって私は何にもできないから。それならば、なかったことにしてしまおう。見なかったことにしてしまおう。 そうすれば、私は自分の無力さを自覚せずに済む。 「すみません。バラライカください。」 近くに寄ってきた店員に注文する。タツが私を見た。その顔はいつものタツだった。 「バラライカって?」 「さっきのサイドカーのウオッカバージョン。飲んでみる?」 「当然。」 「ちょっとは遠慮してください。てか、タツもカクテル頼んだら?」 「人のをちょっともらうのがいいんだよ。」 なんだそれ。私は腹いせにタツのグラスを奪って飲んでやった。水割りは氷が溶けてかなり薄かった。 「もう、これ味しないよ。」 「お子さまにはそれくらいがいいだろ?」 「なーに、えらそうに。お猿さまのくせして。」 「あっすみません、これもう一杯!」 タツはグラスを掲げてカウンターの中に向かって声を張り上げた。 「もう、タツってばおっさんくさいよ。」 「いいじゃん、どうせみんな知り合いだし、気取る必要ないっての。」 「にしたって、TPOってもんがあるでしょ?」 こういうやりとりをしているときが一番落ち着く。タツも私もちょっと意地悪そうな笑いを口に浮かべて、ぽんぽんと言葉を吐いていく。 タツはさっきまでの暗い雰囲気なんて微塵も感じさせないような、ふざけた顔をしていた。もしかしたら、あんな風な悩み顔をしてしまっていることを本人は自覚していないのかもしれない。 それってどうなんだろう? たぶん大勢のツレには見せていない顔を私の前では曝している。それはある意味、二人の関係性の密度の高さを証明してるのかもしれない。友人としての。 そう考えれば悪くはない。 そういう顔をさせる要因を取り除いてあげることはできないけど。 そもそもそんな大それた事を望んでそれを果たせずにもどかしくなる私はただの自家中毒で、最初からそんな立場にないことを自覚していれば、二人でいることは何も辛くない。 友達であることをもっと徹底すれば、いらない期待も、失望もしないで済む。 「お待たせしました。バラライカとバランタインダブルです。」 カクテルグラスに注がれる液体を二人で注視していた。 店員がさがって二人は自分の前に置かれたグラスを手にした。 「もう、飲んでる人、私ら以外いないんじゃない?」 「かもな。いつものことながら、島田って底なしだな。」 「タツに言われたくないよ、人のカクテル散々飲んどいて。」 「そうでした。いやでも、島田がいるから飲み会も心強いよ。一緒のペースで飲めるヤツってゼミじゃお前以外いないし。」 「女として喜んでいいのか微妙っす。」 タツがハハっと笑う。 「まあ、とりあえず乾杯。」 並々と注がれたカクテルを零れないようにそっと持ち上げて付きだした。 タツもグラスを持った。 「何に乾杯?」 変なつっこみいれないでよ、と言おうとしてふと思いついた。 「じゃあ、二人の友情に乾杯!」 にっこり笑って言うと、タツもニヤッとして 「すばらしい飲み仲間に乾杯。」 ぎりぎりで溢れた液体を慌てて唇で掬いながら、タツを見た。 この距離感の居心地のよさは、なかなか味わえる物じゃない。もしかしたら、彼女になるよりも難しいのかもしれない。 決して負け惜しみでも自棄でもなくて、その考えはすんなりと私の中に収まった。 一つの啓示を悟り何もかもがクリアにリセットされていく。なぜか頭の中でゲームのレベルアップの効果音が流れた。 そっか、私ってレベルアップしたんだ。気負いなくタツと向き合えるようになったんだ。 友情万歳! 一人頷く私にタツは妙なものを見る目を向けてきたけど、そんなことも全く気にならなかった。 |