DRUNKER
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「また頼むのか?」
目の前の女はこちらをじろりと睨んですぐに視線をメニューに戻した。
「誰のせいよ。」
俺のせいですね・・・。さっきから、島田が頼んだカクテルの半分は俺が飲んでいる。味見と称してグラスを奪ってはごくごくと。意外と飲みやすいから、ついつい飲み過ぎてしまう。
島田はメニューをさっさと閉じて、店員を呼んだ。
飲み慣れているこいつらしく、次に飲むもののチョイスにほとんど迷いがない。
「ホワイトレディーお願いします。」
店員が遠ざかったのを確認してから島田の方に顔を寄せた。
「お前、いつも飲むカクテル決まってんの?」
「だいたいね。次のもさっきのとベースが違うだけだから、味似てるよ。」
「この味が好きなんだ?」
俺は島田の手元にあったグラスをさっと奪うと彼女が反応する前にグラスの底に残ったのを一気に飲み干した。
「もう!」
「いいじゃん、すぐ次来るって。」
島田は怒った顔を見せるけど、俺は全然平気。こいつのはふりで怒った風に見せているだけだ。

同じゼミの島田とは話のテンポが似ていて、俺はすぐに彼女が気に入った。
ちょっときついことを言っても平然と返してくるとこととか、しっかりしていて意外に世話焼きなとことか。
最初は女友達の一人だった。
それが、いつからか、それ以上のレベルで島田を意識し始めていた。
GWが終わった頃から、俺は彼女とよく目が合うことに気付いた。明らかに彼女が俺だけを見ている事を知ったときは、へえ、こいつって俺に気があるんだ、と思った。
その時はつき合っている女もいたし、島田の俺に対する態度もあくまでも友達に対するそれで、色っぽいことを想像させるようなものはどこにもなかったから。
ただ、俺だけに向けられている島田の視線だけが、熱っぽくて、普段の彼女の素振りとの落差に俺の方が参っていった。
つき合っていた女と離れることになったのも半分は自分の中にある島田への意識が原因だった。
まあ、その彼女とはそもそも初めから相性がよくないかもとずっと思っていたから、島田のことがなくても、いずれは別れていたんだと思う。
そうして彼女と別れて、いざ島田と向き合おうとしたが、うまくいかなかった。
正直、どうやってこの友達関係を違う関係に持っていけばいいのか。
方法は簡単だ。つきあって、って言えばいいんだ。いつもしてるみたいに。
なのにそれができない。
どうも、俺はこの友達関係が壊れてしまうことを怖いと思っているみたいなんだ。
つき合うこともできずに、この関係さえも失ってしまうなんて、考えただけで嫌になる。
なんてヘタレな・・・。
店員が次のカクテルを持ってきた。シェイカーから注がれるカクテルの色はやっぱり今まで島田が頼んできたのと同じ色だった。白いけど、カルピスよりもう少し透明感がある。
島田の唇がグラスに近づく。
俺の目線はそこに吸い付けられていく。ちょっとアルコール回ってきたか?調子に乗って島田のカクテル飲み過ぎたか・・・。
意識を反らすために、水割りを飲んでみる。これは正真正銘自分のもの。シングルの氷が溶けて、味は薄い。でも、酔ってきてるんなら、これくらいが安全だろう。
さっきの乾杯のとき、島田は「友情」なんて言葉を出してきやがった。なんだかやけにさっぱりしたその表情を見ていると最近感じている不安が強くなってくる。
独り身になってから、何故か島田の自分に対して向けられている視線が本当に俺に対してだけなのか、こっちが期待ているような意味がそこに含まれているのか、急に自信がなくなっていた。
島田の気持ちが変わってしまったのか。
もしくは全てが大きな勘違いだったのか?
最初から俺の期待が生み出した妄想だったんだろうか。
俺が島田のことを意識するあまり、島田も俺のことを好きなのかもしれないと目の前の事実をねじ曲げていたのかもしれない
時間が経てば経つほど、それが正しい見解のように思えてくる。
俺が黙ったままでいると、島田が目を合わせて薄く笑って言った。
「どうしたん?一応反省した?」
「!・・・・・」
一瞬自分の思い違いのことを責められているのかと思ったくらい、意識がぶっ飛んでいた。
何も言わない俺の表情をよく見ようと、前屈みになって俺の顔を覗き込んできた。バーの小さなテーブルは少し体を屈めただけで、二人の距離は異常に近くなった。しかも、テーブルに胸を着けて下から見上げられると、たいして開いていないはずの襟ぐりから鎖骨とその奥の谷間がどうしても目に入る。
「ちょっと、タツ、酔ったんじゃない?」
「そうかも。」
俺はわざとらしく溜息をつくフリをして、胸にたまったものを吐き出した。
この店が薄暗くて良かった。
「このカクテルは飲ませないよ。」
「ええ?!」
「あったり前でしょ!うちのゼミの後始末するのはタツと私なんだから。」
いつものこととはいえ、俺もたまには酔いたい。ていうか酔ったフリして島田に送ってもらいたい。そして二人きりになったらあの唇にキスして、抱きしめて、いろいろしたい。
・・・て俺マジで酔ってるのかも。
島田はホワイトレディーとやらを少しずつ飲んでいた。唇に目が吸い寄せられていくのが止められない。
そう言えば二人で話をするのは久しぶりだ。顔は年中合わせているが、いつも他のツレ周りも同席している。今も周りには酔っぱらいがたくさん控えているとは言え、今夜のように二人だけで会話すること自体最近なくなっていた。もしかして避けられているのかもと思えるような場面が何回かあったが、今夜はこうして二人で一つのテーブルを囲んでいる。
久しぶりで暴走しているのか、それともアルコールのせいなのか、俺の頭の中の妄想は止まらなかった。
「そろそろ、幹事にお開きにしようって言った方がいいかな?」
気付けば、ちゃっかり最後のカクテルを飲み干した島田が携帯電話で時間を確認しながら呟いた。
俺はまだ、このままいたいと思っているのに、目の前のコイツは事務的で全く酔った素振りも見せずに飄々としている。
「いま何時?」
「2時。」
「げっ!そんな時間かよ。今日は終いだな。」
仕方ない。これ以上遅くなっては、俺も含めて送り要員さえつぶれてしまいかねない。島田は最後までちゃんとしてそうだけど。
俺ら二人で立ち上がり、奇跡的に平常を保っている幹事に注進して、それぞれいつものメンバーをタクシーに乗せて回ることになった。
「ばいばい。」
タクシー乗り場で、先に半分眠りかけの女友達を乗せると、島田は振り返って俺に手を振った。
「ああ、気を付けてな。」
「タツもね!」
走り出したタクシーの窓からずっと手を振っている島田を見ながら、俺はそのまま走りだして追いかけてしまいそうになるのを堪えた。追いかけていってどうするつもりなのか、自分でも分かっていないのに、妙な衝動だけが内部で疼いていた。
飲み過ぎだ。
放っておくとしゃがみこんで動かなくなりそうなゼミ仲間をタクシーに引きつれて、運転手に行き先を告げる。とっくに日付が変わっているというのに窓の外はそれを感じさせない明るさだった。金曜の夜ということで人も多い。
明日は大学も休み。バイトは夜からだから、ばっちり眠れる。
隣に座っているヤツは眠っているのか、俯いて無言だ。窓の外に目をやると、先程までの街の明かりはなく、街頭と信号と車のライトだけという今の時間にふさわしいような暗さになっていた。
俺はどうしたいんだろう?
久しぶりに近くで感じた島田の名残が、離れていかない。
島田の好きな物のリストにミックスナッツや、XYZとかに続いて俺の名前も連なっているのかどうか。
必要なのは覚悟。今のままでいいなんてもう言っていられない。
ちゃんと自分の気持ちを伝えて、その上で島田の気持ちも確認しなければ。
飲んでるときに、島田の手とほんのちょっと接触した自分の指先を眺めながら、俺は決意を固めていた。

<2008.10.28>